鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

*

杣人伝 その11

   

 画面は中継に戻って先頭集団を映し出した。多少入れ替わっているが、日東大の期待の星、佐伯はまだ首位を並走している。
 そして、側面からの映像に、沿道の観客が映り込む。
「見ろ、あれだ」藤代は、やっぱりそうだと確信しながら、二人に画面の中を指し示した。
そこには、首位の選手に並走して、歩道をスイスイと走っている黒い人影がある。
三人とも、それが、服装から体格、走り方までさっきの学生と同一人物だということを確信した。
 二人同時に「なにっ」「ちょっとー」「おいおい」と驚きの言葉が飛び出した。
ありえない、そう、ありえるはずがないのだ。
一区は残り一キロを切っていた。
「さっきの第二集団で写ったのが、丁度スタートから五キロですよね。仮にあの地点から走り出したとしても、四キロを走ったわけですよね」
川島が一つ一つ、二人に念を押すように言葉を進めた。
「で、その四キロの間に、彼らを三百メートル追い上げた訳ですよね」
「うーん、中距離の全国トップクラスの高校生だったら不可能じゃないか」
「じゃー、そろそろくたばる頃だよな」
「でも、あの走りはくたばっているような走りじゃないぞ」
画面を見ながら、そんな言葉で間を取り合っている中にも、やがて中継点が見えてきた。
 まず、日東大の佐伯が第二走者にタスキを渡す。次に明治、三メートル差で日体大と、まだ上位三位までは変わらない。
 少年は、中継点で走るのを止めて、人影の中に消えた。
三人は、ホッとしたような、期待外れのような面持ちで「やっぱりね、ここまでか」
「うーん」誰かが残念そうに唸った。
「でも、いい走りだったよ、学ランでよく頑張ったよ」
そんな言葉で、ちょっとの間夢を見せて貰ったような安堵感に包まれていた。

「ちょっと待て」藤代の言葉で、再び画面に目をやった二人は、目を疑った。
まだ、走っている。あの少年が第二奏者に代わったトップ集団に並走している。
スポーツ記者の三人は、それぞれ同じようなことを思った。
 これで、このまま走れるなら、こりゃとても中学生や高校生レベルの走りじゃない。と言うよりも大学でトップクラス。いや、世界でも通用する。
 二区は五キロと短めだが、一キロほど並走していたが、首位の選手をどんどん引き離して画面から見えなくなってしまった。
 中継のカメラは、おそらく歩道を走る少年には気づいていないのだろう。我々だけなんだろうか。三人は特ダネを取った時のような気分だった。
 藤代が言った「おい、この少年を探すぞ。あれだけの走りだ、きっと都内の中学か高校の陸上部かスポーツクラブあたりをあたれば何か分かるだろう」
「日本人ぽかったけど、高校生なら留学生ってこともありますね。どこかの秘密兵器だったりして」山田が面白そうに言った。

「いや、どう見ても日本人だよ。とにかく最低五キロ走って、大学の選抜、それも首位を置いて行っちゃったんだから、仮に五千の選手としても飛び切りだよ」川島が続ける。
「最初から走っていたとしたらどうなるんだ」藤代がぽつりと呟いた。
二人は言葉無く顔を見合わせた。
「他社さん、誰か気づいていますかね」川島が藤代に振った。
「いや、沿道を走るやつを追っかけるのは暇な俺たちくらいだな」
藤代は、そう言いながら、落ち着いた表情で上着に袖を通したが、自分が今までになく高揚しているのを自覚していた。

「後は、田中と安田に手伝ってもらって、とにかくあの格好だから、あの沿線からそう遠くはないはずだ。区分けしてあたろう。今から競技場に行ったって間に合わないだろうが、一応手掛かりを探して、駄目だったら、今日は日曜だから、都内の主な陸上クラブ。明日から高校、いなけりゃ中学だ」
「俺は千代田区。山田、大田区を頼む。川島はここの引き継ぎをやったら港区を頼むよ」
「先輩、そうは言っても結構広いですよ」山田が言う。
「そうだな、これにかかりっきりという訳にもいかないしな」川島も同調した。
「よし、デスクに掛け合って、他部さんから何人か回してもらおう」
そう言って、藤代は足早に部屋を出て行った。

 少年は中継点で、走り終わった佐伯にお守りを渡すと、次の走者にも中継点まで並走して渡そうと思ったが、走るためのお守りらしいので、少しでも先に行って、第三走者には走る前に渡すことにしたのだった。
 その後、更に観客の並ぶ沿道を走り、各中継点で待機している紫にM字のユニフォームを着た第四、第五走者と探して渡したのだった。
 折り返し点からは、逆走して渡しながら競技場に戻っていた。

 少年が競技場の関矢夫妻の元に帰ってきたのを見て、関矢は彼が佐伯の後を追って、とりあえず第一中継点まで走り、佐伯に全員のお守りを託して、その後もレースを見ながら帰ってきたものと思っていた。
 まだ、レースは首位が折り返しから二区を過ぎたばかりだった。
関矢が、ランナー一人一人にお守りが渡されていたのを知ったのはずっと後の事だった。

つづく

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