鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

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ブログ200回 海外研修生

   

  昨年の3月から、ブログを始めて1年と2か月。今回が丁度200回になる。
日記をつけない私にとって、遅ればせながら、その時どういうことを思っていたかの日記代わりになる。
 今回も、200回と言って特別なことを描くわけでは無いが、ブログは公開する以上、日記と違い自分だけのものではなくなる。私は、自分の社会や生き方に対する考えを発信する他に、私の周りのことや業界独特のこと、趣味の世界のことで、もしかしたら案外知られていないんじゃないかと言うようなことを発信して行ければいいかなと思って書いている。一方的に!!
 今日は、我が社が受け入れている海外の研修生のことを書いてみようと思う。

 今、我が社では、中国からの研修生5名とベトナムからの3名、合わせて8名。来月また中国から3名、そして年末にベトナムから3名の予定で、当面14名になる。全部女性だが、年齢は20歳から35歳、結婚して子供のいる女性もいる。
受け入れを開始して、既に10年以上が経った。
 本来は、海外から日本の技術を学ぶためという名目だが、実情は、日本の製造現場も極端な少子化で人が足りない。最初は中国からの受け入れだったが、中国は数年前まで、人が余っていたし所得も日本と比べると極端に低かった。
 日本の工場の平均月収が20万円の時に、中国では5千円と言われていた。
そのため、日本で3年間頑張れば、中国で家が建つと言われた。
 当時は、殆どが中国の農村の若者たちで、親の為、弟を学校に行かせるためというのが目的で、日本でも節約して残業を進んでした。

これは、別に中国やベトナムだけではない。
 大正から昭和の初期にかけては、日本も全く同じ道を歩んできた。
日本の地方も子供が多く、貧しかった。その為、地方の若者が、何倍も稼げるアメリカやハワイなどに出稼ぎに行った。そしてよく知られるブラジルやペルーなどへの移民。
 そのずっと前は、アメリカの貧しい人々がヨーロッパを目指した。

 ただ、日本は、移民政策や、労働者受け入れを認めていないため、研修生・実習生と言う名の下に、期間や働く場所、配属機関など一定の厳しい条件をつけて受け入れている。
 この制度は、受け入れ側、受け入れられる側双方に有益な事業だし、労働者の受け入れ解禁を迫る海外に対しても、何とか誠意を見せることができる。しかし稀に規則違反などが出ると、途端に研修生という名の下の人権侵害だの、人身売買だのの制度反対論が出る。
 中国など、歪んだ日本の歴史勉強をしてきた国の若者を受け入れて、本当の日本人や日本社会を見て貰らうのは、日中融和にはいいチャンスだと思う。それを念頭に彼女たちと接するよう心がけている。(長くなるので、201回につづき)

 - 政治経済, 社会

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