鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

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729 人生の濃淡

   

島倉千代子が歌った「人生いろいろ」。その通り、人生は人それぞれで、全く同じ人生を送ることは有りえない。人が生まれて死ぬまでが人生。自分の人生がどうだったかは個人の価値観。それを振り返ることが出来る人はまだ幸せ。事故死や急病で、それさえも考えられず逝く人も少なくない。   

人生の価値観、または充実感、満足感というのはどう測るのだろう。これも人それぞれに考えが違うはずだが、私の人生の価値観は、円の面積×高さだと思ってきた。円の面積は、経験値+行動範囲+感動機会+交際範囲。高さは、その深さ。   

つまり、どれだけのことを経験できたか。仕事にしても旅行にしても、どれだけ行動できたか。どれだけ感動する場面に出会えたか。どれだけの人と出会い、どれだけの友人が出来、どれだけ恋をしてきたか。その円はこれらが均一ではなく楕円形になっているかもしれない。それが当たり前だろう。その円の面積は、人の育ってきた環境や仕事、立場によって制限されることもあるはず。出会いの少ない職場や、時間が取れない立場など。しかし、そのために高さ、つまり深さがあると思っている。面積が取れないなら、深さで人生の容積を稼げばいい。    

多くの人と浅く付き合うか、多くの人と出会いがなければ深く付き合えばいい。海外を広く旅行するのもいいが、時間の制約があれば、国内の好きな場所の文化や歴史を掘り下げればいい。浅く広くか、狭いが深くか、自分の置かれた環境で選択すればいい。こうだから、ああだからと自分に言い訳して、どちらも中途半端になると、人生の価値観の容積は小さくなってしまう。もう遅いということもない。リタイヤ後に始めてもいいし、遅いと言うことは無い。最後に自分がそう努力したと言う充実感が持てれば、いい人生だろう。     

私の場合は、観たがり知りたがり行きたがりで、人好きだったから、どちらと言えば広く浅くの方かも知れない。時間が足りないと思ったから深くは避けた。出来る内にと思い、海外にもよく行ったし、多くの人と付き合い、仕事もボランティアみたいなことも出来るだけやってきた。もちろんその中で修羅場もくぐってきた。これからは、立場が変わり、時間があるから、深くもやりたいと思っている。今までの人生に悔いはないし十分満足している。もちろん、生まれ変わったら別のことをやりたいと思わないではないが、人生は1度きり。それは受け入れて覚悟しなければ、それこそ中途半端な人生になる。     

今日は、また遠方から仕事の取引を超えた旧友が見舞いに来てくれた。彼も私の元気な姿を見て安心したと言ってくれたが、私も彼が元気そうで嬉しかった。こういう友がいることが私の人生の濃さだと思っている。その中で、当時のことを話していて、お互い人の名前が出て来ない。「そうそう、あの人」お互い顔は覚えているが、完全に痴呆症だ(笑)とにかく、私の抗がん剤治療を一段落して元気になったら、また一緒にゴルフをやろうということで別れた。

今年は暖冬で、もう梅の花が咲いている。早いのは3分咲きくらい。地元八女市立花町では2月14日から観梅会を毎年催すが、このまま進めば、観木会になりかねない。生活には歓迎できないが、これから少し冷え込まないと、主催者関係者は気が気じゃないだろう。

 - 雑記

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