鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

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770 七転び八起き

   

昨夜も、抗がん剤投与の副作用で、睡眠薬を服用したけど頭が冴えまくり(笑)。そんな夜は、いろんなアイデアや、過去の思い出などが浮かぶ。寝ているが、早々と眠るのは諦める。     

夜中から、結構な雨が降り出した。私が、20歳でアメリカから帰って、22歳で現会社に就職するまでの2年間の空白。1年目は、アメリカで学んだ農業経営を何とか我が家の果樹栽培に取り込もうと試行錯誤した。我が家は地元では当時大きい方の農家だったが、まだ親父も60歳と若かったので2人で経営する規模でもない。農繁期だけ5~6人雇えば済む。と言って、これ以上拡大しようとしても、この地域の果樹園は急な傾斜地しかなく、園が分散すると作業効率も、投資効率も悪くなり、収穫や摘果などの人手依存作業に対し、恐らく今後人手不足になると考えた。とにかく、私も、将来どうすべきか、農業を継ぐこと自体も含めて迷っていた。今はいいが、今のままではいけないことは予想できた。      

結論として、親父に頼んで、親父が65歳までになるまで、世間の飯を食って、外から考えてみたいということで了解をとった。ただ、親父も病気がちで強い方では無かったので、母に負担が掛からないか不安ではあった。だから、勤めても休みの日は農業を手伝うという条件を出した。       

最初は、手っ取り早く地元役場を受けることにした。1次は問題なく、面接試験もことなく終わったと思ったら、面接で不採用となった。私の中高の友達も多かったので、結果の後、何で私が採用にならなかったのか話題になっていたと同級の女の子から聞いた。それには、それなりの理由があった。私は、当時、正直者か愚か者か、面接官に入庁後の抱負を聞かれて、親父が元気な今後5年間くらい頑張りたいと言ってしまったらしい。親父が後日話してくれたのは、親父の親友で、当時の参事が、採用の責任者であった総務課長から、そのことで相談があり、参事が親父に採用はしてもいいが、本当に5年くらいで、農業を継ぐために退職するというなら厳しいが、どうしますかと相談があったらしい。親父は、やはり祖父の時代から作り上げてきた、みかん農園を守って欲しいということで、特別な配慮を断ったと言う事だった。私も、そのことについては不思議と落ち込みも無く、納得した。        

次に、応募したのは、近所の人の推薦で、久留米の塗料関係の会社で、その会社は、私の経歴などを見て、応募を喜んでくれて、その場で採用が決まった。最初は現場ということで、その後営業をということだったが、勤めて分かったのが、現場のルーズさと、それを直そうとしない経営陣の有様だった。半年くらい頑張ってみたが、親族の集まり感も強く、会社に将来性を見いだせず、親父の体調を理由に退社した。社長の弟である専務は、いい人で良識もあり、将来一緒にやって欲しいと、かなり強く引き留めてくれたが、その当時の状況は、私の決意を変えることは無かった。ただ、この会社の経験は、今の会社の経営に役立ったと思っている。私が社長の時、一度だけ工場の特殊塗装工事を発注したが、私の名前を出すことも、直接会うこともしなかった。       

役場に入って、そのまま定年まで勤めていたら、それなりに頑張って、それなりの地位について、それなりの仕事をしたろう自信はある。次の会社でも、今は社長になっている当時の専務の言葉を信じて付いて行ったら、部長か役員くらいにはなっていたかも知れない。しかし、今の道を選んだことで、普通は経験できない経験をすることが出来、会社員の本分であるトップになって、自分の思う会社を創り上げることが出来た。        

今の会社も、当初は同じようなスタンスで入社したのに、途中で事情が変わり、辞められなくなったことで、親父も後継ぎを進める親戚の期待も裏切ったが、親父が死んだ時は、まだ役員になったばかりだったが、みかん農業も国策で生産量が増えすぎ、結果価格暴落して、みかん御殿が廃墟になるような事態となっており、結果として、進路選択が正しかったこと、そして家庭を持ち安心して逝けることには喜んでくれて、親戚の叔父叔母も、後日社長になったことを素直に喜んでくれた。

人間、いろんな所に交差点がある。左に行って迷ったら、交差点まで戻って、今度は右に行ってみればいい。右に行って、駄目だったら、今度は真っ直ぐの道を行ってみればいい。行った道で失敗して、いつまでもくよくよしたり、意地で失敗を重ねて深淵に入るより、駄目なら元の起点に返って別の道。一度の人生だから、その道に固執する必要はない。一生80年の内の1年くらい無駄にしても何てことはない。行こうと思えばどこへでも行ける。やろうと思えば何でもやれる。それが今の日本。ただし、それだけの力は自分で付けておかなければ、助ける人も出て来ない。       

私は、社員募集の面接の時に、必ずいうことがある。「まず、初めから拒否するのではなく、せめて3か月頑張ってみなさい。3か月の間で、会社について不満や納得できないことがあれば、抱え込まず、必ず私に相談してください。それでも、この会社は駄目だ、合わないと思ったら、遠慮なく辞めていい。私は、あなたの人生より、会社の存在が大きいとは思っていないから」

 - 雑記

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