鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

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大樹残る

   

 桜満開。桜の花も若木の時は、枝がまだ上に向かって伸びるし、花の着きも少ないが、樹齢を重ねると、枝も横に張り、花の数も増え、20年を過ぎると花見ができる。40年を超えると見事な大木となって観る人を魅了する。60年を過ぎると少し傷みも出てくるが、花は老木ほど可憐になってくる。
 桜だけでなく、花を着けない樹木でも、大木になると見ごたえがあるし、神々しいものさえある。杉や檜、楠や欅、銀杏の大木。

 人間も同じで、若い頃は上に向かって背伸びし、そんなに早くから悟りは身に付かないし、良し悪しも分からないが、歳を経て、試練を経験し、辛苦の末に世の中の何であるかを悟り、人のために役立つことが出来る。

 街中や田舎の方でも、車で走っていて、ポツンと大木が残っているのを目にすることがあるが、近づいてみると、その殆どが神社を祀っている、または寺が立っている。
 それが墓地の場合もある。
 多くの土地は、開発され、そこに生えていた木々も伐採されて行くために、樹齢百年を超すような大木は殆ど無くなったが、昔から、どんなに小さい神社でも、その敷地の木は、ご神木として切ることはなく、そのために今でも樹齢百年を超える木が残っている。
 寺も、墓地も、開発のために簡単に壊せないから、幸いにそこにある木も残ってきたということだ。
 殆どは、杉や桜が多いが、中にはビャクダンや槙の木などのように、なかなか成長しない種類の大木も残っている。大きな神社の森には、樫の大木も多い。

 そういう大木になると、神社や特別な場所でなくても、なかなか伐採するわけにはいかなくなる。人間は、幸いに、そういう歴史を重ねたものに対して畏敬の念を持っている。
 地元の矢部川沿いには、千間土井と言われる江戸時代からの楠の大木の並木があるが、道路が出来て、車の往来に危険だということで、道路に架かる枝が伐採されたが、いたし方ない処置なのだろう。
 我々も、歳を重ねたカミさんに、もっと畏敬の念を持って接しなければならない。
どちらかと言えば畏怖の念が強いかも。

 

 - 社会, 雑記

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