鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

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杣人伝 その19

   

 十二月の第三日曜日、その日は雲一つない晴天だった。
国立競技場の芝生に、私立品川高校の女教師丸山と、丸山が受け持っているクラスの三沢みずき、関矢司郎の三人が座っていた。
 丸山は、校長に頼んで、学園生活も残り少ない関矢を、今年最後の東京都陸上大会に連れて来たのだった。
 丸山は、関矢が大学に進学せず、卒業と共に九州に帰ることを知らされていた。
みずきは、関矢の入学前の不思議な話や野球での出来事を丸山に話しており、教室でも関矢と親しくしている様子を見て、誘っていたのだった。
 
 丸山は、白いタートルのセーターに、クリーム色のジャケット、ギャザーの入った白いスカートという服装で、大学時代にミス早稲田に選ばれた美貌と、スポーツウーマンらしいスラリとしたスタイルは周囲からも際立っていた。
 みずきも、今日はベージュにカーキ色の横線の入ったセーターにジーンズという普段着で、やはり普段の学生服から比べると、見違えるように大人びていた。
 関矢は、フード付きのトレーナーにジーパンと言うラフな出で立ちで、三人はメインの観客席から一番遠い芝生の上に、レジャーシートを敷いて座っている。
 この日は、風もなく、朝から青空が広がり、この時期としては暖かい。
開会式も終わり、周囲にも同じようにシートを敷いて競技が始まるのを待っている人が少なくない。
 丁度目の前が棒高跳びの競技場で、トラックでは四百メートルハードル走が始まろうとしている。
 メインの観客席の真下、この芝生席の真向かいでは、走り幅跳びの予選が始まった。
さすがに、都大会とあって、競技場のあちこちで足慣らししている選手は、いずれも身体が鍛えられていることが一目でわかる筋肉質で、代表としての自信に溢れている表情をしている。

 丸山は、この大会をただ見物に来たわけではなかった。
もちろん、品川高校からも、都大会の出場枠に入った選手が、いくつかの競技にエントリーしている。
 関矢は、あと三か月足らずで品高を卒業する。
これだけの優秀な頭脳と運動能力を備えているのに、誰にも知られず九州に帰って、このまま埋没してしまうのかと思うと、やりきれない思いが抑えられなくなっていた。
 記録には残らなかったが、校内大会で垣間見せた関矢の秘めた運動能力が、本当はどれほどのものか知りたいとも思った。
 みずきの話も作り話とは思えなかった。
担任として、自分が育成すべき、そして将来に希望を与えるべき生徒を、このまま何もさせずに帰していいものか、ここ数日自分の中で葛藤していた。そして、ついに結論を出した。
 そのために、自分が品高を去ることになっても、教師を辞めることになっても悔いはないと思った。
 その為の協力者として、関矢の能力を目のあたりにし、普段から関矢のことに気を配ってくれていたみずきを選んだのだった。

 品川高校からエントリーしているのは、やり投げと棒高跳びだった。
比較的マイナーな競技で、他の短距離や長距離走などでは、やはり工業系やスポーツに力を入れている高校に、進学校の品高が及ぶ筈がなく、都大会まで残れなかった。
 もちろん、やり投げ、棒高跳びともに、記録を見ると、最後の十人に残る可能性はないことは分かっている。
 両方とも、区大会をぎりぎりで通過はしたが、やはり他区と比べるとレベルが落ちる。
本来は、男子の陸上は、顧問の男性教師が引率するはずだったのだが、丸山は、その男性教師に、この日の引率を引き受けることを提案したのだった。
 男性教師は、日曜でもあるので「ありがたい」と二つ返事で快諾した。

 丸山はこの日、両種目にエントリーしている選手の登録番号を調べ、品高陸上部の同じゼッケンのユニフォームを二着準備していた。

つづく

 - 雑記

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