鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

*

杣人伝 その20

   

 午前中の競技が滞りなく進み、時間は十二時近くになっていた。
品高の選手がエントリーしている二種目、やり投げと棒高跳びはそれぞれ午後一時からと二時からの開始になっており、やり投げの田川勇人と棒高跳びの長谷川史郎は軽く体を解して、早めの弁当を食べることにしていた。
 二人は、いつも同じ午後のグランドで練習しているので仲も良く、一緒に帰ることも多かった。
 競技場の芝生の空いているところを見つけ、そこに陣取ることにした。
「長谷川、これが終わって、帰ったらどうする」
「別に用事はないから、どうでもいいけど」
 二人は、試合の事より、既に試合後の話になっていた。
長谷川も、田川も、進学については、早くから自分のレベルに合わせた大学に絞っていたので受検勉強に対しては、多少の余裕を持っていた。

「二人とも、ここに居たのね」
その声に、二人が同時に振り向いた。
 そこには、普段見ている高校生ではない、女性を感じさせるセーター姿の三沢みずきが立っていた。
 田川も長谷川も、いずみとクラスは違うが、みずきが吹奏部の部長をやっていることは知っていたし、何よりも美人で聡明ということで人気のあるいずみのことは、二人とも一年の時から知っていた。

「おっ、三沢来ていたんだ」田川が嬉しそうに言った。
今回の大会には、品高からは自分たち二人しか出場していない。その自分たちを、みずきが応援に来てくれている。そう思うと気持ちは高揚した。
「二人を探していたのよ」二人が聞き返す間もなく、みずきは続けた。
「実はね、何かの手違いがあって、二人のエントリーが受け付けられていないということなので、教頭先生と宿直の先生が、学校の方で対応しているから、とにかく二人とも、至急学校に来るように伝えてって、丸山先生に頼まれたの。先生は先に言っておくからって」
「えっ、何だよそれ」田川が驚いて答えた。
「今から、学校って、往復だけでも一時間以上かかるぞ」長谷川が続ける。
「とにかく、一番早い方法で来なさいって。タクシー代も預かっているわ」
「うーん、やっぱり電車の方が早いよな。山手線で品川まで行って、駅前でタクシーに乗るのが一番早いと思うけど、このままじゃいけないから着替えていこうぜ」
長谷川が、ユニフォームの胸のあたりを摘まんで、引っ張りながら言った。
「で、みずきはどうする」
「私は、こちらの事務局に待機して、先生からの連絡を待つようにって言われたの」
「わかった、じゃ行くか」
何か吹っ切れない様子だったが、時間が迫っていることもあり、タクシー代を受け取って、取り敢えず学校に向かうことにした。

 みずきは、二人が更衣室の方に走り出すのを見送りながら、「ごめん」と心の中で呟いた。
二人は、いつも引率してくれる顧問の男性教師から、急に丸山に代わったことで、何か不手際があったのだろうかと思った。
 みずきは、二人が更衣室のある建物に入っていくのを確認して、競技場の西側の階段から、二階の応援席に向かった。
 応援席の入り口には、品高陸上部のユニフォームを着て、ダウンコートを羽織った関矢司郎と丸山が待っていた。
 みずきが、丸山に田川と長谷川が学校に向かうため、更衣室に入ったことを告げた。
丸山は、二人の肩に手をかけて真剣な顔をして言った。
「私たちは、これから大変なことをしようとしているの。田川君も長谷川君にも、競技出場のチャンスを奪って申し訳ないと思っているわ。でも、彼らは、これからも機会はあるれ度、司郎君、あなたには今日しかないの」
 丸山は、自分にも言い聞かせるように言って、一呼吸おいて続けた。
「責任は、一切私が取ります。みずきちゃんには悪いことさせてしまったけど、関矢君の能力を試してみたいし、この大きな大会で一度だけ、一度だけでいいから力を発揮してほしいの」
「私も、そうして欲しい」みずきが関矢の方を向いて言った。
関矢は、黙って頷いた。

つづく

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