鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

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杣人伝 その18

   

 第七章 陸上大会

 三沢みずきは、高校三年の夏休みを前に、既に吹奏楽部の部長の座も後輩に譲り、大学進学の勉強の合間を縫って後輩の指導に当たっていた。
 野球部は、夏の甲子園予選に向けて、この暑さの中で、みずきが下校する時間には、まだこれからというように遅くまで練習している。
 部屋の中でしか練習をやらない吹奏楽部のみずきから見ると、野球部の練習はすごいと感心していた。
 関矢は、三年になっても、まだ田中達が甲子園目指して頑張っているせいか、時々顔を出しているようだ。

 丸山は、関矢のクラスを一年から、そのまま持ち上がり、三年もクラス担任になっていたが、関矢の呑み込みの速さと、卓越した記憶力にはいつも驚かされていた。
 それに、言葉は少ないものの、近頃の高校生には珍しく、素直で礼儀正しい。
九州の田舎で育ったというけれど、どんな所でどんな教育を受けてきたのか、興味が湧くことがしばしばだった。
 校長や教頭が心配していたようなことも、一年の校内陸上大会でちょっと注目を集めたくらいで、その後は何事もなく、高校生活も残り少なくなっていた。
 丸山は、陸上部の顧問という立場や、自分自身も高校大学と陸上の選手だったこともあり、あの陸上大会の出来事以来、関矢がどのほどの能力を持っているのか知りたいと思っていた。
 そして、もしも、並みはずれた能力を持っているとしたら、それを発揮させないことが担任教師として、彼の為に本当にいいのだろうか、卒業の日が近づくほどに、そう思うようになっていた。
 それに、彼の今の成績なら国立大学でも、人気のある早稲田、慶応でも問題なく受かるはずだ。何の理由でこれだけの才能を持った若者が進学もせず、人前で優れた能力を発揮することが許されないのだろうと、悔しさにも似た感情が蓄積されていた。

 その年の夏は特に暑く、温暖化の影響なのだろうか、年々暑くなっているようだが、夏休みに入ると、運動部は三年最後の大会に向けて、殆どの部員が練習に出ていた。
 みずきの聞いた話では、関矢は九州のおじいさんの家に、夏休みを利用して帰ったとかで、野球部のグランドにも姿を見せなかった。
 夏休みが三分の二ほど過ぎて、出校日があり、半月ぶりくらいにみんなが顔を合わせた。
とは言うものの、殆どの生徒が夏休みも塾で勉強するので、塾で顔を合わせているような話が教室のあちことから読み取れる。
 関矢は本当に半月振りに、少し焼けた顔を見せていた。

 この時期になると、進学校の品川高校の三年のクラスは完全に受検モードになり、特別課外授業なども行われ、クラブ活動に熱中していた運動部も、大会の残る一部を残して一転、大学受験を目指して雰囲気が一変する。
 話題も、誰がどこを受けるかとかで、熱気と不安が混じり合う。
みずきは、全校でも優秀な成績の関矢が、どこの大学を受けるのか興味があった。
「関矢君は、どこが第一志望なの」軽い気持ちで聞いてみた。
「僕は大学には行かないと思う」
みずきは、当然関矢なら、国立一期だろうと思っていたので、予想もしない返答に驚いた。
「行かないと思うなんて、冗談でしょう」
「いや、行けないと思う」関矢は言い直した。
 行けないと言うことは、成績は全くと言っていいほど問題ないのだから、経済的な問題なのだろうか。
みずきは、聞いてはいけないことを聞いたのかなと思った。
 しかし、関矢は、関矢校長先生の身内のはずだし、関矢が校長先生の家から通っていることも偶然知った。同じ姓だから先生の身内に間違いないと確信していた。

 以前、丸山先生の話で、ご両親を事故で早くなくしたと言っていたので、もしかしたら、お世話になっている立場ということで、進学したいと言えないのだろうか。
 でも、関矢校長なら、彼の成績からしても絶対進学を勧めるはず。自問自答するが答えは見つからない。
みずきにとって、関矢の言動は、出会って以来、今もなお、不思議なことばかりだった。
 やがて、夏休みが終わると、三年生は受験勉強に明け暮れた。

つづく

 

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