鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

*

杣人伝 その5

   

 長老は、その教師を信用できる人物と見込んだらしく、時期が来るまでは他言しないで欲しいととの前提で、そのように村の現在の様子を粗方話してくれた後に、この何とも不思議な話をしてくれたのだった。

 この集落は、現在男女合わせて四十六人が暮らしているが、元々は南北朝時代に、戦に敗れ、この矢部の地に落ち延びて、この地で崩御されたと言われる南朝の皇子を守るために派遣された伊賀衆が祖先であり、その後の時代にも伊賀より、何代かに渡って伊賀から伊賀衆とよばれる人々が合流してきたという。
 良成親王は、十代半ばにして病で崩御されたことになっているが、真実は、北朝軍が勝利したことで、やがては南朝の残党狩りが始まるだろうとの推測から、いずれは南朝再興を図るためにと、二年の歳月をかけて、この地までの抜け穴を作った。
 完成すると、皇子の身代わりを立てて崩御されたと偽り、祖先の忍び衆と僅かな重臣の家族が、親王と共にその集落に身を隠したのだという。

 それから、三百年が過ぎ、今も地元の住民とも交流を絶ち、先祖より受け継いだ生活方法と自給自足で生計を立て、何とか今の村民が生き残った。
 忍びの術としての技も絶えることなく伝授され、明治、大正、昭和とこの現代社会の変遷も、時折、村を出て買い出しを兼ねた偵察の者の話で承知しているという。
 この集落の者たちは、生まれてこの方、今のようなこの国の子供たちには、到底耐え難い鍛錬を、疑うことなく継承してきた。
 そして、男も女も、その鍛錬に耐えて生き残った者だけの血が残されてきた。
しかし、僅かな村民の間だけの男女の結びつきから、血が濃くなるにつれ、生まれる子供は奇形や不完全なものが増えるようになった。
 その反面、計り知れなく優れた能力を備えたものも生まれ、その者たちが今日まで、血を受け継いで来たが、ついには、この集落の子供は、十五年前に生まれた唯一の男子と、その後に生まれた双子の女子二人のみとなってしまった。
 そこまで、話をすると、長老は、これから村寄りを行うことになっていると暗闇に消えて行った。

翌朝、教師は目が覚めると、足の痛さも和らぎ、長老の見立てでは、外傷だけで骨に異常はないと言う。
 朝飯を頂きながら、教師は、昨日聞いたその最後の男の子のことが気になり、学校などはどうしているのか聞いてみようと思ったが、話は長老から切り出された。
 長老が言うには、既に村民の殆どは年老いており、子供は昨夜話した三人が一族最後の子供だと言うこと、そして、その唯一の男子こそが、南北朝時代ら、この地で若くして最後を遂げた南朝の皇子の血を継ぐ者であり、母方は、代々女系に受け継がれた、龍神に仕える巫女と言う特別な存在であったこと。
 その後は、男の子が生まれると、忍びの女衆の中から特に優れたものを娶らせ、その地を守り継いできたが、血は濃くなるばかりで、昨夜も話した通り、異形異常な者は生まれて間もなく葬るより術がなく、村を維持して行くことの限界を悟っていること。
 その為、かねてより皆で話し合い、この男子を、この村から社会に出して、現代の社会と共存できるか試してみようということになったという。

 しかし、社会に出そうにも、その伝手も無く、何より今まで学校と言うものに行っておらず、現代の、俗にいう文明社会や人に馴染めるかという話で先に進まなかったらしい。
 そこに丁度、その教師が村に迷い込んできた。
この村の存在について、その教師の口を塞ぐこともできないだろうし、これも何かの縁だろうということで、昨夜急きょ男衆の「男寄り」という集会を開いて話し合った結果、その教師にお願いしようということになったと言う。
 ただ、問題は他にもある。それは一族が皇子を守って身を潜めて以来、昔からの掟と皇子の血を守り、世間から断絶して来たため、今日に至っても戸籍も無く、苗字も無い。
 つまり、日本人として存在していないのである。
 唯一の光明は、我々の一族で、滋賀の六所村というところで、今も六所神社を祀る六所氏子衆と呼ばれる人々が残っており、現代社会に溶け込んで暮らしていることがわかっている。
 何とか、その六所神社の神主か族長に、この子を今の世の中で当たり前に生活できるよう、手助けを頼むので、族長への手紙と、そして同じ一族としての証と共に、男子が何者であるかを記した書類を届けて欲しいとのことだった。

つづく

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