鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

*

杣人伝 その6

   

 老人は、男子を引き合わせて、神棚の引き出しから取り出した文書と小箱、自らがしたためた手紙を教師に手渡した。
「この者は、名をツルギと言い、今年の四月で十六歳になります。世間の子の様に学校には行っておりませんが、人としての教えと、世間から集めた書物で一応の学習はさせておりますし、言葉も、今の時代に使われているこの地の言葉には通じております。
 それに、この者の六感と運動能力は、両親それぞれの特殊な能力を受け継いでおり、生まれながらにして、恐らく先生の想像を超えるものがあり、それに加えて、一族上げて技を磨いており、社会に順応さえすれば、きっとお国の役に立つ人間になると思っております」
 
 恐らく、その特出した能力というのは、受け継がれた優性遺伝だけではなく、近親交合による遺伝子の変化によるものではないか。
 世界各国で、もちろん日本でも地域社会において、兄弟同士や従妹同士の結婚、また特異な例では親子間の交合もあり、その子供や子孫には極端な優劣が現れることが多く、精神や身体の異常の発生も見られる。
 稀に極端に優れた能力を持つ者が生まれることもあり、例えば、兄弟においても、兄が東大生、弟は特殊学校に通うという例がある。
 それ故に、現代社会において、その優勢遺伝を何代も続けてみるという実験は倫理的にも不可能であり、まさにこの子は、その生体実験の最終成果というものではないか。
 しかし、目の前にした少年は、世間の同世代の少年と何ら変わりのない少年だった。
老人は、続けて「しかし、この村の者たちは、今すぐに、この里のことが世間に晒されることを望んでおらず、この者を三年間、現代の学校で学問をさせ、そして世間並みの生活を経験させた後、次の里長として戻ってくることを望んでおります。この者が、その後、村と皆をどう導くかは戻った後に答えを出すことしょう」
 
 高校教師は、この二日間の出来事は、まるで狐に騙されたような気分だったが、兎にも角にも、村人の手を借りて山を下りた後、麓の駐車場に停めておいた車でアパートに帰り着いた。
 電話も通じなかったが、三十を過ぎているが幸か不幸か独身で、家で待つ人も無く、学校も土曜日曜で休みと言うことも重なって、一夜を山中で過ごしても世間は気にも留めなかった。

 教師は早速、滋賀にあるという六所神社のことを調べた。
調べてみると、六所神社や六所宮と称する神社は数多く存在する。しかし、老人が言った甲賀郡六所村の六所神社は確かに存在した。
 六所神社を調べて、関矢と言う神主まで辿り着き、電話でそれまでの経緯を神主に話して、とにかく預かったものを見て欲しいと、神主宛に送った。
 その後、二人の間で、何度か電話でのやりとりがあり、神主は、ある確信に至り、氏子総代に相談して、氏子衆を集めてもらい、前後策を話し合った。

 そして先週、校長の関矢が帰郷した際に、氏子総代から、その子を何とか品川高校に入れて貰えないかと言う相談があったというものだった。
 関矢は、朝倉に話を続けた。
「神主も、この平穏な現代に、突然のSFみたいな話を俄かに信じがたく、教師から届けられた手紙と、村落に伝わる書類物品を見て、初めて、その子が本当に伊賀の六所と同じ一族の子孫であり、しかも、彼が一族にとって特別な存在であることの確信を得たというのです」
 朝倉は、何とも返事できないまま、想定外の突飛な話をただ聞くだけだった。
「実は、私も迷ったのですが、この話を聞いたその晩に、私の母に話したんですよ。母は神主の従妹にもなるんですが、どんな反応をするかと思ってね」
 関矢は一呼吸おいて
「母は八十三歳になるんですが結構しっかりしていましてね、最初はちょっと驚いたような顔だったんですが、こう言うんですよ「これはあなたの宿命だと思います。是非、その村の皆さんの頼みを聞いてあげなさい」とね。そして仏壇に手を合わせて何度も頭を下げる後姿を見てね、これは引き受けなければならないんだなと、不思議とそう思ったんです」
 朝倉は、まさに小説みたいな話が、このような形で身近に起きていることに信じ難い思いと、これから関矢の口からどのような話が出てくるのか興奮気味に聞いていた。

つづく
 

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