鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

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杣人伝 その26

   

 藤代は、今朝の9時羽田発、日本航空307便に乗り、福岡空港に10時40分に到着。
空港から地下鉄で博多駅に向かい、ローカル線の鹿児島本線で八女市に近い、筑後市の羽犬塚という駅で降りた。
 博多は、以前来た時と駅周辺が様変わりしており、人の往来もずいぶん増えたと感じた。
以前は、私鉄のある天神地区が賑わっており、JRの駅がある博多は、もう少し落ち着いた感じだったと思ったが、特に駅ビルに東急ハンズなどが進出してから、若い人が増えたらしい。
 とにかく、博多は街の規模が丁度良く、人がいいとか、食べ物が旨い、衣食住の物価も、東京や大阪と比べると割安なので、赴任族に人気があると聞いていたが、今回はそれを実感できる余裕は無かった。

 羽犬塚駅に着いたのが午後1時近くなっていたので、何か腹に入れておこうと食堂らしきものを探したが、昼間は開いていない割烹や居酒屋みたいな店ばかりで、しかたなく駅内のうどん屋で済ませることにした。
 羽犬塚とは変わった名前だと思って、うどん屋の店長らしき男性に聞いてみると、昔、羽を持った犬がいたということで、駅前にその犬の塑像があると教えてくれた。
 店の板壁に、やたらと野球のソフトバンクホークスのポスターが貼ってあるので、ホークスのファンなのか聞いてみると、この駅から少し南に行くと、新幹線の駅があり、そのすぐ隣に
ホークスの二軍の球場が出来るとのことだった。
 その店長の話では、この辺のホテルや飲食店は、その波状効果に期待しているらしい。

 店を出てみると、駅を出た時には気づかなかったが、駅前の広場に、確かに羽根の生えた犬が鎮座していた。
 九州のうどんは初めてだったが、醤油味のスープが東京より甘い感じがする。
駅は、風が吹くとゾクッとする寒さで、うどんの温かさが胃に沁みた。
 羽犬塚駅前でタクシーを拾って、予約していた八女市のプラザホテルに着いたのが二時過ぎだった。
 ホテルの受付の女性が、受付表で藤代が東京と住所を書いたからか、「チェックインは3時からですが、遠方からならお疲れでしょうから大丈夫ですよ」とチェックインをしてくれた。
 頼んでいないのに、こうして気遣ってくれるのは、本当に有難いと思った。

 藤代は、八女という所は全く不案内なので、新聞社繋がりで牛島という八女の販売店の店主を紹介してもらい、3時にホテルで待ち合わせる約束をしていた。
 待つ間に、部屋のテレビを見ていると、地元版の番組をやっている。
地方に出張すると、スポーツ番組でも、それぞれの地方の地元のチームをかなり応援した内容になっており、それが藤代には面白く思えた。
 3時少し前に、フロントから牛島が来たことを伝えてきた。

 藤代は、牛島の協力を得て、丸山達の足取りを探すことにしており、牛島のに促されて、ホテルの1階で見かけたエスペランスという喫茶店に入った。コーヒー独特のいい香りがする。
 2人と入れ替わりに、初老の男性が出て行ったが、時間も3時過ぎと言うこともあり、他には客はなく、落ち着いた曲が流れているだけだった。
 ママさんだろうと思われる40歳後半かと思われる女性が、洗い物をしながら、こちらに気付くと「いらつしゃい」と笑顔を向けたが、何となく普通の主婦が店を出していると言う感じを受けた。
 藤代は、牛島に改めましてと挨拶をし、今回の協力のお礼と、これまでの経緯を話し、どのように探せばいいのか相談した。
 牛島は、地元では結構顔が利く存在らしく、「この八女はですね、泊る所は多くは無いし、仮に、駅のある羽犬塚でも、ホテルは3、4軒だから、偽名でも使ってない限り、すぐわかりますよ」そう太鼓判を押した。
 
 藤代は、東京を出て、この八女市に辿り着くまでずっと考えていた。
「なぜ、八女市なのか「」
 丸山の後を追って、八女市に行くと決めた時から、ネットで八女市について調べてみた。
九州でも、気候風土に恵まれて、作物が何でも採れるらしい。
 特に、お茶や「あまおう」というブランドの苺は有名だが、みかんやキウイ、たけのこも日本で有数の産地。ぶどう、梨、柿、梅、桃と言ったほとんどの果物。そして菊や蘭などの花卉栽培も盛んだということはわかった。
 また、変わった情報として、先の戦時中に、八女一帯が日本でも最も安定した地盤と生活環境だということで、東京が焼けた際の、遷都候補地に挙げられたこと。
 その他、古墳が多いこと、人柄がいいこと。産業は農業の他、節句人形や仏壇提灯などの伝統工芸が主であること。
 また、歴史面では、大和朝廷の時代に朝廷に刃向かった岩井一族という豪族の古墳があり、南北朝時代には戦場となり、後醍醐天皇の孫である皇子の御陵があること。
 壇ノ浦で源氏に敗れた平家の落人の末裔が多いことなどだった。

 まるで、かけ離れた東京の大都会での出来事と、この福岡の最南端の小さな町と何の繋がりがあるのだろう。
 品川高校の生徒への聞き込みで、確かに少年がいたことは間違いなく、その少年が関矢という名前で、途中から転校して来たとのこともわかった。
 ただ、不思議な事に、3年間も一緒に居たというのに、校長教頭が言うように、品川高校の生徒名簿に関矢という少年は存在していなかったのだ。
 残念ながら、夏休みということもあり、校長や教頭、少年のクラスの仲間からも、なかなかそれ以上の情報が取れない状況だった。

つづく

 
 

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