鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

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たけのこ会議

   

 昨日は、JAやめ主催のたけのこ会議に参加した。
八女市は、八女茶で知られているが、たけのこの出荷量でも全国で1位。
 JA八女自体が農産物の販売高が全国2位の規模だから、納得できる。
全国から取引している市場が10社、我々のような加工会社や仲買業者が6社、生産者の地区代表が約50人、JA関係者が30人ほどの会議で、今まで過去のいきさつで、JA合併前の枠組みで取引していたものを、今回一本化することになったための大会となった。
 発展的な取り組みと言えるが、それだけ生産量が減少している事情もある。
せっかく、国産たけのこが、中国食品問題や産地偽装問題などで見直され、生産者も加工業者も販売者も利益商材となってきたのに、農家の高齢化と後継者不足で生産が伸びない。
伸びないどころか恐らく減少を続けるだろう。

 元々、たけのこは足が速く、生食としての利用が限られてやり、昭和の初めまでは、竹は主に竹籠作りや土壁などの建築材料に利用されていた。
 それが、昭和2年に、福岡県と熊本県の県境にある春富村の昔の殿様の子孫である、吉永翁が、たけのこ缶詰を開発し、八女の白木村に、白木農産加工組合を設立、たけのこ缶詰を始めたことで、たけのこが本当の意味で栽培されるようになった。
 その組合が販売難と資金難に陥った時に、資金経営の両面の支援をしたのが、現在の当社の取引先であるサンヨー堂(当時は山陽堂)だった。
 吉永氏は、無償でこの地域に缶詰製造を指導し、弊社も昭和7年に工場を設立している。

 たけのこは、収穫後すぐに食べないと固くなって食べられない、また短期集中的に発生するため、缶詰加工は欠かせない。
 当社でもピーク時は1日50t以上を処理する。
缶詰の原料に大半を利用することで、青果価格も維持できているのが現状。
 そういう意味では、我々は農家の経営に貢献していると思う。
たけのこだけは、土の中から出てくるものだから、時期・量ともに収穫予想が難しい。
 他の農産物が促成栽培や品種改良でどんどん食する期間が広がる中で、たけのこの青果だけは旬を保っている。

 - 農業, 雑記

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