鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

*

杣人伝 その29

   

 九州なので、東京より暖かいだろうと思っていたが、結構寒い。
恐らく、東京はビルの間の暖房の排気や、車の排気ガスのせいで寒さが和らぎ、こちらは空気が澄んでいる分、夜は冷え込むのだろう。
 先ほど見上げた空の星も、やはり東京とは光が違う。

「でも、ビールが旨いのは最初の1、2杯ですよね。やっぱり九州に来たら焼酎ですよ。焼酎はね、最初にお湯を注いで、それから焼酎を入れて、混ぜないで飲むのが本式なんですよ」
 何の本式か分からないが、こういう家庭的な店でのお湯割りも悪くない。
牛島の話によると、九州でも、芋焼酎は鹿児島と宮崎で、大分が麦、熊本は米が主流らしく、福岡は本来、日本酒らしい。
 八女市にも、「繁桝」「喜多屋」「藤娘」「旭松」という4軒の日本酒蔵があり、特に旧市内にある2軒の酒蔵は、1軒は地元の消費率が何と驚異の8割という人気の蔵で、もう1軒は、ワインコンクールで世界一になったことのある蔵だという。
 また、どうして福岡が日本酒で、熊本以南の県が焼酎作りが盛んなのかと言うと、地下水の水温や気温が高いところでは、日本酒作りに合わず、そのために焼酎を作るようになったらしい。
 新潟や秋田の日本酒が美味しいと言われるが、地下水が冷たいことが、その条件を満たしているのかも知れない。

「私どんが若っか頃はですよ、焼酎と言や、日本酒ば買えん貧乏人が飲む酒じゃったとですがねえ。流行もあったんでしょうが、今ん若っかもんは、酒のやり取りがあんまり好かんから、焼酎が合うたんじゃないですかね」
 お酒が入って、牛島の話にかなり方言が混じって来た。
八女の言葉は、博多弁と似ているが、少し違うようだ。
 藤代は、普段はビールと、ウイスキーの水割りなのだが、本場九州で飲んでるせいなのか、確かに焼酎もいけると思った。

 暫くして、今度は、牛島の携帯が鳴った。
牛島の受け答えの様子で、丸山たちの行方を探すために、近辺のホテルを当たってくれていた人物からの連絡であろうことは分かった。
「藤代さん分かったですよ。その丸山さんという女の人と、若っか男女は確かに羽犬塚の駅前のホテルに昨夜着いて、今朝方、矢部に行くちゅうてタクシーば呼んでもらったそうですよ」
「矢部と言えば、ホテルのパンフレットにも載っていましたが、かなり山の奥ですよね」
「ここから、東の方にずーっと上っていきますがね、大分県との県境というか、熊本県との県境と言うか、そりゃ山ん中ですよ」
「ホテルからどれくらいかかりますか」
「山ん中ち言うても、今は道が良かけん、車で飛ばせば1時間ちょっとで行きますたい」
 とにかく、丸山達が、この地に来ていることは間違いない。藤代は、それを確認できたことでひとまず安堵した。

 どちらにしても今日は無理なので、追跡は明日ということで、牛島の八女市の説明や、この界隈のスナックの女の子がどうのこうのという話、更には酔いが回っての下ネタ話を聞きながら、藤代も美味しい酒を飲むことができた。
 カウンターで1人飲んでいた男性も、後から来た連中と知り合いらしく、一緒になって飲んでいるし、牛島も時々、他のテーブルに座っている。
 その店に2時間ほど居て、牛島が藤代を送ってホテルまで来ると、ついでだから1軒だけと言って、ホテルの最上階にあるアザレアというスナックに誘った。
 店に入ると、マスターと呼ばれる温厚そうな男性と、黒い色調の服を着た、何となく妖艶な感じのママ。妻の藤子くらいの歳だろうか。それにまだ20歳前半と思われる女の子の3人が出迎えた。
「この店が、八女で一番高い店ですたい」
牛島はそう言うが、そんなに高そうには見えない。ちょっと広めの普通のスナックだと思った。
 それを聴いたママが、カウンターの中から「お客さん、牛島さんの話を真に受けちゃ駄目ですよ。この店が7階で、八女市で一番高いところにあるといういつもの洒落なんですよ、決して高くないですよ」
「なるほど、そう言われれば、この7階建てのホテルがこの周辺では一番高いようだ」と納得した。
 みんなに合わせて苦笑いしながら、藤代は牛島の人の良さと、八女の人々の人懐こさを有難く思った。成り行きで、みんなでカラオケを歌った後、部屋に戻ったのは12時を回っていた。

つづく

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