鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

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夫婦同姓

   

 今日は、久々に冷え込んだ。
12月らしい気候になったが、また来週は気温が上がるらしい。
 こんなに暖かいと、個人の生活には、朝起きも楽だし、暖房費も少なくて済むので楽なのだが、日本の殆どの商売には悪影響を及ぼす。
 農産物が異常成長したり、冬物衣料や暖房器具、燃料が売れない。スキー場が仕事にならない。
まあ、悪影響と言うより、売る側と買う側の利益は相反するので、どちらか得すれば相手は損するように出来ているから仕方がない。しかし、取り合えが自分に良くても、努めている会社が悪くなれば、回りまわって悪くなる。

 今日のニュースや新聞は、夫婦同姓を憲法違反と訴えた裁判の判決が一面を占めた。
池田花子さんが田中次郎さんと結婚すれば、田中花子さんになる。
 今までは、極当然のことだった。
花子さんは、好きな次郎さんと結婚して同姓になれたのを幸せに思った。
 今回の訴えは、それを苦痛だと言う。姓を変えることは自分を喪失することだと言う。
私としては、夫婦別姓に反対する理由は別にないのだが、同じ姓になるのが我慢できないという意見には違和感を感じる。

 こんなことを書くと非難されるかもしれないが、余程、いやな相手と結婚させられたのか。
結婚する前に嫌だと思わなかったのか。嫌なのに無理矢理結婚させられたとなると、それはやはり特殊な例となる。
 自分の気持ちはそれでいいかも知れないが、子供たちも迷わせることになってしまう。
家族とあり方が変わってきているが、また一歩味気ない形に突き進んでしまうような気がする。それを近代的、進歩的な家族のあり方と言うのだろうか。
 そもそも、苗字というものが、逆にそれ程、人間にとって重要なものなのか。
自分の存在を主張したければ、ちゃんと自分の存在感を示せれば、名前が変わっても忘れられることは無い筈だ。

もともと、苗字はいいかげんにつけられたものが多い。由緒あると言っても、祖先の誰かが成功したり、偉くなったりしただけの事で、元々は同じようなものだ。
 川の中や山の中に住んでいて、川中さん・山中さん、大きな木の傍が大木さん、多くが住んでいた所や、仕事の内容でつけられたものが多い。
 どうしても必要ならば、そのような場に於いては、通称や作家名を使用している場合も多い。
こんな風に、裁判などで取り上げられると、それが多数の意見のように取り上げられ、雪崩式に同調することが多いし、何でも以前からの法規や規制で決められたことに反対することがもっともらしくなっているが、殆どの場合、決まり事にはそれなりの理由がついている。
 このところ、憲法違反と言う言葉が多い。
その基軸は、殆どが個人の自由・人権というところにある。
 しかし、この自由や人権が持ち出されて、結局、社会がおかしくなった事例は多い。表現の自由はいい例だ。
何でも、プラスがあれば、必ず対極にマイナスがある。
 規制緩和もそうだったが、やってしまって拙かったでは、後の祭り。
 
 

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