鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

*

陽水はいない

   

 私たちの青春時代、フォークやグループサウンズが全盛期だった。
その中でも突出していたのは、井上陽水だったと思う。
よく、そんな言葉が、言葉の組み合わせが、発想が、、、その詩の深さに驚かされた。
「傘がない」「白い一日」「戸惑うペリカン」「いつのまにか少女は」
ありふれた題名に、ありふれた言葉だが、それまでにない使い方や繋ぎ方で、強い印象を与えた。
新しいものを求めていた若者や音楽関係者がそれに共感した。

 その他にも、吉田拓郎や浜田省吾、村下孝蔵など、とにかく次から次へ時代のミュージシャンが現われた。
特に、特徴的だったのが、九州出身者が多いことだった。今の女子ゴルフ界のように、古くは明治維新の時と同じように、時代が変わる時に、九州の人間は一歩先に走り出すというような気がする。
 井上陽水もそうだが、さだまさし・財津和夫・南こうせつ・甲斐バンド・あの海援隊。
九州出身ではないが、女性でも、中島みゆきや加藤登紀子、カルメンマキ、五輪真弓。。。

今は、どうだろう。
 印象に残るような歌手が全く出て来ない。
どうしてだろう。
 昭和50年前後の時代は、まだまだ日本に活気があり、変革が進んでいた。経済や都市の発展が進むその中に矛盾も生まれて、それに対しての対抗や反抗心も生まれた。
 それより、そういう事に対して反応する能力や気質を持った若者がいた。それは、戦後を生きぬいた、その若者の親たちと、その時代の教育や環境が育んだ心と言っていいと思う。

 今の若者たちは、その感受性や、表現する能力を失くしてしまったのか。
モーニング娘もAKBもいいが、陽水をはじめとするあの時代の歌手の、あの何とも言えない詩曲は、もう生まれないのかもしれない。
 一番違うと思うのは、彼らは自分の創った歌で、自分の力でのし上がってきたこと。
今の多くの歌手は、集められ、創られ、作詞作曲を提供されて、おまけに衣装も決められ、大人の商売のために操られているように感じるのは、年を取ったせいだろうか。
 

 
 

 - 社会, 雑記

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