鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

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アメリカ物語4

   

 アメリカでの研修中に、幾度か、州ごとに集まっての合同勉強会がある。
派遣はカリフォルニアが一番多く、40人前後が各地から集まる全体の勉強会と、柑橘部門だけの勉強会などがあり、全て現地集合。
 全員研修の他に、小グループでのカリフォルニア大学のロス校での授業や、産地視察。
全員研修は、サクラメントというカナダに近いヨセミテ公園。集合日時と場所を知らせてくるので、私は殆どをヒッチハイクで行った。その時は、最初にテメキュラを通る国道で、黒人のいかにもヤバいアベックのオープンカーに乗せてもらった。
 連休を利用して、リバーサイドの日系農家の友人の所や、ハリウッドにも出かけた。
ハリウッドでは、道を尋ねたプロカメラマンと仲良くなり、1泊泊めてもらうことになった。
 後で、彼の家を訪ねると、美人モデルが一杯いて、ハッピーな気持ちになっていると、みんな微笑んだり、ウインクして帰る。
何と、その夜、彼はホモに変身したのだ!!何とか貞操を守ったものの、テメキュラに帰ってからも何度も手紙を送ってきた。
 人は、見かけで分からない、確信した。俺は違うぞ~!!

 全体研修の時に、私のことが話題になった。ホモの事件じゃない。
実は、アメリカの成人年齢は21歳、私は当時19歳だったから、リバーサイドのみんなとストリップを見に行くことになったが未成年は入れない。
 そこで、こういう時のために帰国した先輩から貰っていた身分証明書に、私の写真を上から重ねて使ったのだが、結局途中で店の用心棒に証明書を見破られて、つまみ出された。
それまでは、いいのだが、それを落としていたらしく、事務局に届けられたのだった。
 私の名前は出さないでくれたが、後で厳重注意を受けた(笑)

トレーラーハウスの周りは家一軒なく、居るのは、コヨーテにガラガラヘビ、スカンク、鹿、ハゲタカ、リスくらい。
 近くに、馬が飼ってあったが、草原に柵を作っただけで放牧されているので野生化していた。時々、柵の上から、そのリーダー格の黒馬に乗るのに挑戦していた。何度も振り落とされ蹴られそうになったが、10頭余りの群れで、荒々しさがかっこよかった!!何しろ、西部劇ファンとしては乗るっきゃない!!

 アメリカで学んだのは、農業ではなかった。
果樹園の規模が全く違うし、全て平地で機械化されている。いずれ、日本のミカンは競争できないと直感した。
 学んだのは、アメリカ国民の子供の育て方、独立心と自己責任というものだった。
感受性が強い年代だったので、この考えは帰国してからの私の人生に大きく影響した。
 今、思い出したが、受け入れ農家は、マクミラン ナセリーという会社の形をとっており、ナセリーとは苗木屋という意味だが、兄弟の名前は、確かマイクではなく、ロイとリチャードで、確かに果樹の育苗もして、それを植えつけて収穫までするというマネージメントだった。弟のロイが私たちの面倒を見てくれた。
 ロイは新婚で、パトリシァ愛称パットという妻がいて、彼女は優しい性格だったが、彼は怒りっぽく感情が激しかった。
仕事の上で喧嘩すると、私がわざと日本語を使うので、更に怒っていた。
 でも、最後には、こちらで生活できるだけの農場を確保してやるから、今後の研修生の通訳兼教育係でこちらに住まないかと言ってくれた。 私も、この地ランチョカリフォルニアがとても好きだったから、本気で考えて、親に、弟に家を継がせてほしいと手紙を書いたら、丁度親父が病気で倒れていて、諦めることにした。(もう少しつづく)

 - 雑記

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