鶴の一声

靏繁樹が日々考えたことや思いついたことを徒然とかきます

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喫茶店

   

 君とよくこの店に来たものさ~という学生街の喫茶店。
喫茶店は昭和の時代の象徴のような存在だった。
 全盛期からすると、大幅に減ったが、一番減ったのは神戸大震災による被災だった。
神戸は、土地柄喫茶店の多いところで、コーヒーの輸入販売のUCCの本社もあり、コーヒーの専門店も多い。

 実は、私も若い頃、喫茶店をやったことがある。
場所は、当時八女市で一番賑やかだった土橋1丁目一番地。
 行きつけの喫茶店の経営者が、おじちゃんおばちゃんとも高齢になり、誰か後をやってくれる人がいないか相談を受けたので、じゃ俺がと言うことになった。
 喫茶店の全盛期でもあったし、八女市もまだ賑やかで、当時は「山小屋」「憩」「志摩」「ガロ」など多くの店が点在していた。
当時から今も残っている店は少ないが、私の店も2年もしない内に閉店となった。
 開店してから、副業だったので利益を出す必要はなく、みんなが集う場所だったので残したかった。近くの高校の生徒たちも多かった。2階もあったので出入りしていた若い連中の生バンドを入れたり、短い間だったが、みんな楽しんでくれたと思う。

 当時は、開店すると、みかじめ料目的の嫌がらせもあったが、当時有力な叔母さんのお陰で事無きに済んだ。
短期間で、閉店しなければならなかったのは、店内で殺人事件が発生したからだった。
 学生の三角関係のもつれで、高校生が店の電話で「殺せるなら殺せ」、相手はその足で店に来て、その生徒の背中から本当に刺し殺してしまい、店内は血だらけ。
 私は、丁度出張で、姉とバイトの女の子に任せていて、みんな、事件のショックからそこで仕事を再開することはできない様子で、会社の仕事も忙しくなっていたこともあり、閉店したのだった。

 私は、喫茶店をやっていながらコーヒーは苦手だった。今も殆ど飲まない。
この頃は、人との待ち合わせなとで、たまに喫茶店に入ることがあるが、自分で入ることはなくなった。
でも、喫茶店に入ると、いつも時間がゆっくり流れていると感じる。
 今のせちがない世の中で、こういう場所で、一時を過ごすことも大事なのかもしれない。

 

 - 社会, 雑記

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